往復書簡、ふたりの本棚

本や音楽×日々の出来事、ゆき(うっちゃん)とりえ(やそりえ)の往復書簡

5月の風 ~『ツバメ記念日』重松清~ りえより

 気付けば5月。天気のいい朝、思い立っておひさまを味わおう!とハンモックをしに出掛けたら、大好きな新緑の季節がそこここにあるのを感じました。

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 思いがけなく保育園の転園が決まり、5月から新しい保育園に通う日々。環境が変わるからということで、この1週間は慣らし保育期間中。朝少し保育園に行ったらすぐ帰ってべったり過ごせることが娘は嬉しいみたい。わたしもゴールデンウィークで仕事が休みなのをいいことに、娘との時間をホクホク喜んで過ごしています。

 しかし保育園転園、なんというか心渦巻く出来事でした。4月は新しい仕事・初めての保育園生活+更に新しく仕事を紹介してもらって始めることになり、万華鏡のような1ヶ月だった…その中で、娘との深いつながりを感じていた保育園を去るのは決断に苦しい出来事だったなと、今書いていて改めて気付きます。

 

 4月の保育園最終日、つまり、娘と初めて通った保育園に行く最後の日。それは土曜日で、娘の他は1人だけが預けられているいつもより静かな保育園で、娘が大好きな担任の先生が一人で見てくれていたの。14時に迎えに行ったときは、深く考えずに娘の様子だけ気にしながら保育園に入った。娘も寝起きでぼぉっとしている様子だったので、このままサクっと帰ろうと(恐らく先生の方もそう思ってた)、いつものように挨拶をして保育園を出ました。まるで明日もまた来るかのように。

 しかし思えばわたしの人生で、初めて信頼して自分の子を預ける経験をした場所だったんだと思うと、保育園を後に歩き出してから切ない気持ちでいっぱいになった。娘にとっても本当に大切な大切な存在だったのだから、担任の先生の連絡先くらい聞けばよかった…と思いながら家に着いて、荷物を拡げていたら、見知らぬズボンが入っているのに気付いた。

 同じ0歳クラスの他の子のズボンが紛れ込んだのだと思う。それを見てすぐに保育園に返しに戻ろうとすんなり決心し、娘もつれて歩き出していた。わたしが後ろ髪引かれる思いでいることに娘も気付いて、こんなサプライズを仕掛けてくれたのかも。

 そうして保育園に戻り先生に忘れ物を渡す、そのときの「ええっ?!あー!持ってきてもらってありがとうございますー!」と先生の明るい大きな声、その(まさかこんなすぐ会えると思わなかったけど会えて嬉しい!)という気持ちが溢れるような声を聞いたときに、なんと娘が一気に噴き出すように泣き出したのでした。先生もわたしも初めて見るような……なにか「別れ」を意識しての涙だったのかもしれない。最終日だからというより、からだで何かの終了を感じ取りそしてそれを全身で表現している、って感じ。その「いま」に命を燃やしているような娘を見てると、反射的にわたしも先生もうるうるしてしまったのでした。

 帰るときには機嫌も直って先生に笑顔を見せていた娘。よかった、と後から何度も思い出すたびに思う。先生の記憶に笑顔がずっと残っていてくれたらいい。

 

 覚えているか。そんなの記憶に残ってるわけないじゃない、と言わずに、いまから覚えていてほしい。

  あの日、由紀をベビーカーに乗せて駅のホームに出たパパを、ママはベンチから立ち上がって、笑顔で迎えてくれた。

 こっちこっち、と両手を大きく振っていた。すると、由紀はなにがおかしかったのか、急にご機嫌な笑い声をあげたのだ。

 ママもうれしそうだった。張り切って、もっと大きく両手を振った。

 

 意図せず変化を受け入れて、どこか無理しながらもなんとかやりこなす、なんてことは常習。いつものこと。

 でも、自分じゃない相手に変化を受け入れさせることを決断するのがしんどかったんだ、って思う。「最後に笑い声聞けてよかったわ」って先生に言われて3人で一緒に笑って、ほんとのほんとに保育園を後にしたとき、顔がまぶたが熱くなって涙がこみあがってくるのが分かった。きっと深いつながりがあって出会った保育園だし先生だから、またきっと再会するはず。それでも別れがさみしくて。

 きょとんとして、それから笑って胸に顔を埋めて、娘は見ないフリしてくれた。新緑の風が吹いてほっぺたを冷やしてくれたよ。

 

 これからもきっと家族を巻き込んで変化を乗り越えることがあるんだと思う。そのたびにギュッと悩んで決めて、大きく一歩進んだり立ち止まったり、熱い涙も味わうのかもしれない。

 誰かのズボンが間違って入っててよかった。大切なプロセスを与えてくれた計らいに感謝。5月も引き続き万華鏡の毎日がやってくる。「いま」の手触りをしっかり感じよう。