往復書簡、ふたりの本棚

本や音楽×日々の出来事、ゆき(うっちゃん)とりえ(やそりえ)の往復書簡

リアルを愛しむ ~『サヨナラにサヨナラ』 中島らも~りえより

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 8月に入って10日が経ち、どんどん夏が熟していく気配。立秋が過ぎて、日差しの色合いが変わったのも感じる。圧倒されるような王様って感じの強さから、ふくよかで底なしの女性的な包容力へ。

 夏生まれだからか、夏の思い出はどれも少し特別で、うっとりするような印象。あなたとの夏の思い出はその中で異彩を放つ明るさと勢いがある。さらりと汗をかきながら笑うあなたはいつも夏と友だちで、暑さとか太陽と戦わない。

 夏になると必ず思い浮かべてしまうのは、ふたりでアイスを買おうと外に出て、雨に降られた夜のこと。最初は早歩きになったり雨をよけようとしたりするけど、だんだんごまかしようがないくらい髪も服も濡れてきて、途中であーもういいやって何かがはずれると、ぐーんと自由なテンションがやってくる。おかしくてたまらなくなって、笑いながら歌いながら帰ったっけ。

 この前、あなたの家に行ったときのことも鮮やかなとっておきの夏の思い出。わたしが持って行ったいつものおかずをすっかり平らげてくれたあなたの家族、あなたの家ではいつもそうなるように無防備に酔っ払ったわたし。誰も遠慮せず、今のこと未来のことを話す豊かな食卓。夜が明けて、予定がない平日の緩やかな時間は、でも学生の頃と同じなようで同じではない。「ゆきちゃんのおなかに赤ちゃんがいる」という事実が静かに行きわたっていて、お互いたくさん時間を積み重ねて今があることをなんとなくしみじみ感じていたよね。

 

 最近こうして自分が体験したことを自分の人生として味わい、味わうがゆえにくっきりと思い出せるということが、わたしの特徴のひとつなんだと知りました。「よく覚えてるね!」と、本当によく言われるんだけど、そしてその度に「みんなそうじゃないの?」と不思議に思ってた。けど、わたしが出来事を反芻する頻度たるや細かさたるや、あまり一般的ではないらしい。体験しているそのときにすら「思い出す」ような感覚で味わっている。

 この「反芻力」(なんてあるのか?知らんけど…)の基礎は、しょっちゅう手紙を書いていたことにあると思ってる。特にあなたとの間に行き交った言葉は濃密で、昔の(あなたからもらった)手紙を開くと甘やかな記憶がそのときの匂いを含んで、たちまち立ち上がる。

 

『人間の実相は刻々と変わっていく。無限分の一秒前よりも無限分の一秒後には、無限分の一だけ愛が冷めているかもしれない。だから肝心なのは、想う相手をいつでも腕の中に抱きしめていることだ。』

 

 

 今をちゃんと確かめて、味わいたい。刻々と過ぎるリアルを生々しく感じたい。それが生きてるということだ、とも思う。

 うちから見えるマジックアワー。瞬間瞬間に変化して、目が離せない。空にみとれつつ、大切なひとと過ごした記憶を思い出しつつ、景色を見せてくれた神さまに感謝したりこれまで出会った大切なひとたちが美しい時間を過ごしていますようにと祈る。二度とこない今このときを、たっぷり味わえますように、と。